自己愛を超えることで自分を開いていくことができる

相手のために自分を守ること(弱い 自己愛 )を捨てられるかが大きな壁

自分を開いていくことはフィードバックを受け入れ, 成長するために重要ですが, その自分を開く過程で阻害要因となるのは自分を守ろうとする気持ち, つまり, 弱い 自己愛 です.

守り方の一つとして相手に踏み込まないというものがありますが, 自分を守ることを捨てて相手のために相手に踏み込むという開き方も大切です.

以前に投稿した

心を開く ことで, 自分の心 に 耳 を 傾ける ことができる

で,

「本当の自分を 評価される ことが 怖い 」「 馬鹿にされる ことが 怖い 」「 恥 をかくことが 怖い 」「“みんなに 良い人 ”だと思われていたい」と, 何らかの 意思決定 をするときにこれらの 気持ち(恐怖) がもたげてくる.

と書きました. これは自分の自尊心を護りたい気持ちから
オープンになることを拒むべきでない, とする私の気づきをシェアしたものです.

自分の自尊心を護りたい気持ちを横目に見つつオープンになっていくことは大事だし,
これによって言いたいことはある程度言えるようになります. 一時期, 私もこれで十分だと思っていました.

しかし, 今は違うと考えています.

これはただ, “自分”が言いたいことを言い放っているだけであり,
言うなれば自分しか見ていません.

これでは, 相手に気づきを与えられません.

相手に気づきを与えられないということは, 相手の成長を促進することができない.
そして, 相手が成長しないのであれば, 自分の気づき・成長も限定されてしまう.
つまり, 相手と共に相互に気づかせ合い, 共に成長していくことができない, と気づきました.

自分を開いていくステップ

心を開くステップは2つあると思います.

一つ目のステップは,

自分の自尊心を護りたい気持ちを横目に見つつオープンになっていくこと

これが出来ないとそもそも自分の本心を表現し, コミュニケーションを取ることができない.

その次に位置する二つ目のステップは,

相手を傷つけることが怖いという気持ちを横目に見つつオープンになること

です.

相手を傷つけることは確かに怖い.
私は, それ自体も怖いし, また, 相手を傷つけることによって,
自分が嫌われるということも確かに怖い.

体験談: 場に自分を委ねる練習

会ってまもない5人で, リーダーもいないヒエラルキーの全くないチームで
事業企画を考える5か月のプロジェクトを経験しました.

プロジェクトの当初は, それぞれの経緯や経験などを共有し,
いわゆる仲良くはなりました. (今呼ぶとすれば「第一の踊り場」)

職場であれ, 下手をすれば, 最小単位のチームである家族であれ,
ほぼ全ての”チーム”はこの状態でしょう.

が, 互いに距離があることは分かっており,
これでは駄目ということも相互に理解していたので,
第一のステップでのオープンを各自が実践することとしました.

つまり, 自分が言いたいことを遠慮なく言い合える関係です.
これにより, チームビルディングの上では
ある程度の効果は発揮しました.

しかし,
相手に気づきを与えるという視点での第二のステップがあることを認識且かつ実行できず,
それぞれが自身に閉じているという状態になったのです.

このため, 相手と共に相互に気づかせ合い, 共に成長していくことができない,
という状態に途中陥ったのでした.

プロジェクトの進行が滞ったといいますか,
個々の力を超える発展が少なくなってきたことに気づき,
当時, 私たちは第二の踊り場と呼んでいました.

プロジェクトの最後の最後で, 自らを開いていくことの次の段階(第二のステップ)に
気づき, 実行に移し, それにより5人それぞれが気づき, 共に成長していく効果を
得ることができはしました. が, プロジェクトとしてはその効果を得始めたあたりで終わってしまったのが実情です.

自己愛を超えて他人愛に, そして私たちへの愛へ昇華できるかどうか

企業の組織にあっては, ヒエラルキーが存在するために,
第一ステップすら出来ていない人はうなるほどいるが,
第二ステップを実行している人などほぼ皆無ではないでしょうか?

私が経験していない極めてフラットな組織であれば,
もしかしたら第二のステップを実行しているのかもしれませんが,
その実行をする人間的力を持ち合わせていないと実行できません.

チームメンバーと共に気づき・成長していくために, 相手に愛を持って一歩踏み込む,
そんなオープンの在り方を実践したいと思っています.

参考までに、アダム・カヘンが著書の「未来を変えるためにほんとうに必要なこと」に以下の記載がありました。

“私たちが持てる力と愛を余すことなく発揮するのを妨げている者はなんだろうか. 恐れだ. 誰かを怒らせたり , 傷つけたりするのを怖れるから , 断固ととした態度や血からを抑制するのであり , 気まずい思いをさせられたり , 傷つけられたりするのを恐れるから , オープンさや愛を抑制するのだ. 私たちは , 恐れに私たちが完全になるのを妨げる行為を許してしまうという機能不全に陥っている. 私たちが進むべき道は , ・・・恐れを通り抜ける道だ. “

この恐怖を通り抜けられるか、どうか。

さて、組織で実行する場合には相手方もこの考え方を認識していないとうまく動きません.
実践する場を仲間と共に創っているので, 興味がありましたら, ご連絡ください.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です